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当時の新聞記事で振り返る青梅マラソンの歴史(Part3)

2010-10-08
当時の新聞記事で振り返る青梅マラソンの歴史(Part3)

 

●第35回大会 2001年(平成13年)2月18日●
Qちゃん登場、さっそうと青梅路を駆け抜け記録を更新!

 前年のシドニー五輪で金メダルを獲得、日本中をわかせた“Qちゃん”こと高橋尚子(積水化学)が30キロに登場。浅井えり子の持つ日本最高記録を1分29秒も上回る1時間41分57秒で快走、見事栄冠を勝ち取った。沿道には史上最多の78,000人が詰めかけ、レース外でもQちゃん効果を発揮した。

 終了後、「一緒に走った1万人以上のランナーからはものすごいエネルギーをもらい、走りながら感動しました。こんなレースは初めてです」とコメント。ラスト8キロからスパートをかけ、当時の恩師である小出義雄監督も「今日は金メダルの力を証明したね。やっぱりQちゃんは世界一だ」とほめちぎった。

 

●第38回大会 2004年(平成16年)2月15日●
野口みずき選手、Qちゃんの記録を塗り替えてアテネ五輪へジャンプ

 同年夏のアテネ五輪女子マラソン代表に内定していた野口みずき(グローバリー)が30キロに参加。第35回大会における高橋尚子の記録を塗り替える1時間39分09秒、日本最高記録で優勝した。「大会記録は意識していました。予想以上に記録が出たので、びっくり」と率直な感想をもらした。

 また、この年は3年連続で長嶋茂雄氏がスターターを務めた。当時、アテネ五輪野球日本代表の監督を務めていたこともあり、何かと“アテネ”づいていた感も。半年後、アテネ五輪で野口選手が金メダルを獲得したのはご存知のとおりだろう。

 

●第44回大会 2010年(平成22年)2月21日●
太田崇選手が2度目の優勝、高岡寿成選手は“3度目の正直”で初参加

     

 第40回大会(2006年)に続き、30キロで招待選手の太田崇(コニカミノルタ)が優勝。「今日は最初から自分のペースで走れて良かった」とコメントし、2位に2分以上の大差をつけての独走となった。

 また、男子マラソン日本記録保持者の高岡寿成氏(カネボウ陸上競技部)が、3度目のトライでようやく初出場。1度目の2003年がケガで直前キャンセル、2度目の2008年が降雪で中止となっていたが、本大会では10キロに参加。市民ランナーとともに心地よい汗を流した。30キロの部のスペシャルスターターには元プロテニスプレイヤーの杉山愛さんが登場、大会に華やかな彩りを添えた。

 


 

 

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